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魚嫌いの干物好き!?

魚嫌いの干物好き!?

三陸海岸育ちですが、実は魚が苦手で、子どもの頃は焼魚や煮魚が食卓に出ると箸が止まりました。魚の食べ方も非常に下手で、あっちこっちを突いてしまうので、魚は哀れな残骸に成り果てるのです。小学校の写生大会では魚市場で絵を描くような町でしたし、秋になると、家々では七厘を外に持ち出して秋刀魚(サンマ)の煙をたなびかせており、普段から魚があふれかえっていました。毎日秋刀魚ばかりの週もあって、本当に心からうんざりしたものです。しかし、そんな魚嫌いの私が、唯一好んで食べられる魚が干物だったのです。その中でも一番好きなものは、秋刀魚の内臓を取り除き、味醂で調味して、胡麻をふって干した秋刀魚の味醂干しで、今でも時々無性に食べたくなります。

魚の干物を干している風景というのは独特の匂いがして、街の中でも海岸の近くかと思う場所があります。ポルトガルの首都リスボンの下町を行くと、細い石畳の路地に水があふれる大きなバケツが幾つも並んでいるのですが、これは塩鱈(タラ)の干物の塩抜きをしているのです。ポルトガルに限らず、ヨーロッパ全域では塩蔵した干し鱈が好まれていますが、昔は魚種別に漁獲量が一番多かったのが鱈でした。大量の塩で水分を抜いて干された鱈は、日持ちしてかさばらず、運搬も容易だったので、各国で多くの鱈料理が生まれたのです。イギリス人の好きな“Fish and Chips(フィッシュ・アンド・チップス)”や塩漬けした干し鱈をよく煮込んでオリーブオイルとクリームを加えてペースト状に仕上げた南フランスの“Brandade de morue(ブランダード・ド・モリュ)”などは有名です。また、ポルトガルでは、数多くのバカリャウ料理(干し塩鱈(Bacalhau)を使った料理)があり、戻した鱈とほぐしたパンを混ぜて作るコロッケのようなフィッシュボール“Bolinho de bacalhau(ボリーニョ・デ・バカリャウ)”は、ポルトガル滞在中毎日食べていた記憶があります。

魚嫌いの干物好き!?

海の近くなら魚を生で食べるのは当たり前ですが、魚を工夫して食べる食文化というのは、海から離れた場所で発達したようです。例えば、京都の「いもぼう」はその代表で、カチカチに干した棒鱈を海老芋と一緒に炊きますが、棒の成分によって芋が型崩れせずに柔らかく炊け、また芋のアクで固い棒鱈が柔らかくなって、相乗的に美味しくなるのです。魚の干物の歴史を見ると、干物が一般庶民の食卓に登場してくるのは江戸時代になってからです。京の宮廷では、干物を「ひもの」と読まずに「からもの」と読み、酒宴に欠かせない重要な食材でした。全国の地域(藩)が競って幕府への献上品として、さらに藩の産業育成振興のために多く作られるようになったそうです。

小田原や湯河原の温泉の帰りには、必ずと言っていいほど干物を買って帰りますが、地方で工夫された干物を食べ比べするのは楽しいことです。その中でもお気に入りの干物が焼津にあります。それは「焼津 前浜産 ひもの 甘塩天日干し」で、焼津で60年続くサスエ前田魚店魚店という老舗の魚屋さんが作っているのです。四代目の前田尚穀さんという方は、独特の魚の締め方により、一流料理人からのも高い評価を得ています。焼津には、焼津港を中心に南に小川漁港、前田浜、御前崎と駿河湾の向うには遠州灘があり、日本でも有数の漁場が控えています。朝捕れた鮮魚を甘塩で天日したものが翌日には食卓へ届けられるのですが、一日前まで鮮魚だったので、身がほっこりとして脂も残っており、鮮魚と干物の微妙な旨味となっているのです。干物の塩分も少なく、よくあるカチカチになった固いだけの干物とは違うのです。まず、日本酒のアテに軽く細魚(サヨリ)を炙り、次に?(カマス)で白ワインを開けて、レンコ鯛もいただき、〆に鰯(イワシ)をご飯でいただく。干物だけでメニューを組み立てるなんて、贅沢な気分です。さらに、身を食べ尽くした骨を再度炙り、丼に入れてお湯を注ぎ、白ゴマと三つ葉を散らして即席の汁ものにしたりもします。とても魅力的な朝捕れの「干物」なのですが、海が時化(しけ)っていたりする場合には、暫し待たなくてなりません。自然を相手にしているので仕方無いですね。

新鮮な魚も良いですが、干物作りは先人達の創意工夫で独特の食文化が形成されています。これからは、日本に限らず世界の干物を探して食べてみたいと思いますが、やはりご飯に合う味が一番かなぁ。

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